医薬翻訳でクレームにつながりやすいミス4選 ~営業が現場で見てきたリアル~

翻訳会社の「中の人」

翻訳の品質は、クライアントとの信頼関係を築くうえで欠かせない要素です。しかし、翻訳会社に寄せられるご指摘は、必ずしも高度な専門用語の誤訳ばかりではありません。

実際に多いのは、「基本的な確認不足」が原因のミスです。しかも医薬・医療機器分野の場合、その小さなミスが、規制当局への提出資料や治験の運用、製造現場にまで影響することがあります。

今回は、営業として実際によく目にする「クレームにつながりやすい翻訳ミス」を4つご紹介します。

1. 数字・単位・日付のミス

最もクレームにつながりやすいのが、数字・単位・日付の誤りです。医薬分野では、この一文字の違いが安全性に直結します。

  • μg と mg を取り違える(1,000倍の差になります)
  • mg/kg(体重あたり)と mg/body(1人あたり)を混同する
  • 0.5 mg を 0.05 mg と記載するなど、小数点や桁区切りを誤る
  • mg/dL と mmol/L など、検査値の単位系を取り違える
  • 「1日3回」と「3日に1回」を読み違える
  • 保存条件の「2~8℃」「-20℃以下」の数値や不等号を誤る

こうしたミスは、治験実施計画書や同意説明文書、製造指図書、規格及び試験方法などでは、そのまま実務上のリスクにつながります。そのため、訳文の読みやすさ以上に数字の正確性を重視されるクライアントも少なくありません。

特に見落としが起きやすいのが、本文ではなく図表の中の数値です。翻訳者さんには、納品前に訳文の意味を追う工程とは別に「数字と単位だけを原文と突き合わせる」工程を必ず設けることをおすすめします。

2. 用語の不統一

同じ文書の中で、同じ概念が複数の表現で訳されているケースも、よくご指摘をいただきます。

  • 「実施医療機関」と「治験実施施設」(site)
  • 「被験者」と「患者」「対象者」(subject / patient)
  • 「同意説明文書」と「説明文書および同意文書」
  • 「原薬」と「有効成分」
  • 医療機器の取扱説明書で「本品」「本機器」「本装置」が混在する

文章としては誤りでなくても、用語が揺れていると、読み手は「別のものを指しているのではないか」と受け取ってしまいます。承認申請資料のように複数の文書が相互参照される場合は、なおさらです。

なお、「有害事象」と「副作用」のように、似ていても定義が異なる用語を統一してしまうのは、不統一とは逆方向の重大なミスになります。adverse event と adverse drug reaction は明確に別概念ですので、原文がどちらを指しているかを必ず確認してください。

用語集や過去の訳文、添付文書、日本薬局方などの参照資料が提供されている場合は、必ず確認し、それに沿って訳出することが重要です。迷う表現があれば、自己判断せずに営業やコーディネーターへ確認いただいたほうが、結果的に品質は上がります。

3. 原文の読み違いによる誤訳

経験豊富な方でも起こり得るのが、原文の読み違いです。医薬文書では、次のようなパターンが目立ちます。

  • 否定のかかる範囲を誤る(例:not all patients を「どの患者も~ない」と訳す)
  • may / should / must の使い分けを崩し、義務の強さを変えてしまう
  • 主語を取り違える(治験責任医師が行うのか、治験依頼者が行うのか)
  • 前置詞句が連続する長文で、修飾関係を誤って解釈する
  • and と or の係り方を誤り、条件の範囲を変えてしまう
  • 文脈を考慮せず直訳し、実務上ありえない内容になる

これらは文章全体の意味が変わってしまうため、クライアントのレビューで必ずと言っていいほど指摘されます。治験実施計画書で「必須」が「推奨」になっていれば、運用そのものが変わってしまうからです。

時間に追われていると、つい「こういう意味だろう」と思い込みで訳してしまうことがあります。少しでも違和感があれば、前後の文脈を確認する、あるいは質問として残す。この一手間が誤訳を防ぎます。

4. 指示書・スタイルガイドを守れていない

営業の立場から見て意外と多いのが、「訳文そのものは問題ないのに、指示が守られていない」というケースです。

  • 変更履歴(Track Changes)を残す/残さないの指定に従っていない
  • 指定された訳語や用語集ではなく、自身の慣れた訳語を使っている
  • 敬体・常体の指定を外している(治験実施計画書は常体、患者向け文書は敬体、など)
  • 上書き翻訳の指示なのに、レイアウトや書式を崩してしまった
  • 疑問点をコメントで残すよう指示されていたのに、対応がない

これらは翻訳スキルとは別の領域ですが、クライアントにとっては「依頼した内容が守られていない」という印象になります。特に規制当局への提出資料では、書式そのものが要件の一部です。

翻訳会社の営業は、訳文の品質だけでなく「安心して任せられるか」も見ています。指示書を丁寧に確認し、細かなルールまで対応いただける方は、やはり継続的なご依頼につながっていきます。

まとめ:防げるミスの多くは「基本の徹底」で防げる

クレームにつながる翻訳ミスは、高度な翻訳技術というより「基本の徹底」で防げるものが大半です。

  • 数字・単位・日付を、原文と突き合わせて単独で確認する
  • 用語を統一する。ただし定義の異なる用語は区別する
  • 原文を正しく理解する。違和感を放置しない
  • 指示書・スタイルガイドを守る

どれも特別な技術ではありませんが、日々意識することで品質は確実に変わります。

営業としてもクレームが発生しないよう努めていますが、人が関わる以上、ミスを完全にゼロにすることは簡単ではありません。大切なのは、その後の対応です。原因を振り返り、同じミスを繰り返さないための工夫を積み重ねることで、品質は着実に向上していきます。

翻訳者・チェッカー・営業がそれぞれの立場で品質を意識し、一件ずつ丁寧に積み重ねていくこと。それがクライアントからの信頼となり、長期的なパートナーシップにつながっていくと考えています。

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