業界動向ニュース:消えゆく「マブ」

2023年10月16日医療翻訳情報

今回の「業界動向ニュース」では「マブ」についてお話します。

「アダリムマブ」「リツキシマブ」「トラスツズマブ」「ニボルマブ」「カシリビマブ」に「イムデビマブ」一度はどこかで聞いたことありませんか?そう、どれも薬の名前です。そして語尾がみんな「マブ」…なぜでしょう?実はこの「マブ」、これからは消えゆく運命なのです。

さあ、今回は薬の名前を紐解いていきましょう!!

薬の名前の種類

実は、薬には一つにつき3種類もの名前があります。ご自宅に何か薬がありませんか?その薬には3つの名前があるわけです。それが「化学名」と「一般名」と「販売名」です。

  • 化学名(chemical name)

地道な基礎研究の結果、なんらかのお薬の有効成分が初めて発見されたとします。その有効成分には「化学名」がつけられます。化学名は、国際純正・応用化学連合(International Union of Pure and Applied Chemistry、IUPAC)の定めたルール(IUPAC命名法)に則って命名されます。この化学名は、治験薬概要書(IB)や添付文書、インタビューフォームに記載されています。

例えば、私がよくお世話になる「ロキソニン」の化学名は、「Monosodium 2-{4-[(2-oxocyclopentyl)methyl]phenyl}propanoate dihydrate」です。

構成元素や分子構造が表されていて、名前だけで構造式を正確に再現でき、厳密に特定できます。ただし、見てお分かりいただける通り、複雑だし長いし、とても日常使いはできません。そこで、簡略化しつつも薬効や構造が大まかに分かるようにしたのが、次の一般名です。
 

  • 一般名(generic name

一般名は、WHOの医薬品国際一般名称委員会により国際一般名称(International Nonproprietary Name、INN)として決定され、世界共通名称として使用されます。日本での一般名も、INNをほぼそのまま取り入れた日本語表記となります。日本での一般名は、医薬品一般的名称(Japanese Accepted Names for Pharmaceuticals、JAN)と言います。

さきほど挙げた「トラスツズマブ」や「ニボルマブ」などのマブがつくものは、みんな一般名です。一般名はある薬の有効成分を指すものでもあります。

  • 販売名

一般名は薬の有効成分を示すものであり、1つの化学名の物質に対して1つの名前がつきました。それに対して、販売名とは、製薬会社がその有効成分を含有する薬に対して、独自に命名し、国の認証を受けたものです。したがって、ある特定の有効成分を含有する薬は複数存在し、それぞれに異なる販売名がつけられています。

特許が切れる前の先発品でも、同一の有効成分でありながら、複数の製薬会社から異なる販売名のものが複数ある場合もあり、さらには特許が切れた後は後発医薬品が出てくることでさらに数が増えるため、1つの一般名に対して、販売名は複数ある場合が多いです。

先ほど挙げた「ロキソニン」ですが、これは販売名で、一般名はロキソプロフェンナトリウム水和物(Loxoprofen Sodium Hydrate)です。販売名としては他にも「ロブ」「スリノフェン」(いずれも後発医薬品)があります。

一般名のルール

さて、話を「マブ」に戻しましょう。「マブ」がつく名前は一般名でしたね。一般名にはその命名方法に一定のルールがあります。そのルールとは化学構造的又は薬理学的に類似した薬には同じ語幹(ステム)を用いることです。例えば…

  • 抗ウイルス薬:ステムとして、語尾に「-vir(-ビル)」が付きます。この「vir」はもちろん、「ウイルス(virus)」に由来するものです。(例:オセルタミビル、ザナミビル、ラニナミビル、バロキサビル→いずれも抗インフルエンザ薬として処方されますね。)
  • ペニシリン系抗生物質:語尾に「-cillin(-シリン)」が付きます。これは、ペニシリン(Penicillins)に由来しています。(例:アモキシシリン、アンピシリン、カルベニシリン)
  • セフェム系抗生物質:語頭に「cef-(セフ-)」が付きます(例:セファゾリン、セフォタキシム、セフメタゾール)。ステムは語尾につく(接尾辞)ことが多いのですが、このセフェム系のように語頭につく(接頭辞)こともあります。
  • プロトンポンプ阻害薬:語尾に「-prazole(-プラゾール)」が付きます。この「prazole」は機能と構造の両方に由来するもので、プロトンポンプ(proton-pump)のprと、医薬分子に含まれるアゾール(azole)という部分構造を示しています。(例:オメプラゾール、ランソプラゾール)
  • HMG-CoA還元酵素阻害薬(「スタチン系」と呼ばれます):語尾に「-vastatin」が付きます。(例:アトルバスタチン、ロスバスタチン)

では、「マブ」はと言うと…

モノクローナル抗体の語尾に共通して付くのが「-mab(-マブ)」です。この「-mab」は「monoclonal antibody」の略です。モノクローナル抗体の命名法にはステムと合わせて、さらにルールがあります。それは2つの「サブステム」が付くということです。「接頭辞(なんでもOK)+抗体の標的を示すサブステム+抗体遺伝子の由来(動物)を示すサブステム+接尾辞(マブ)」となるようになっています。

  • 抗体の標的(対象とする疾患や臓器)を示すサブステム:腫瘍:「-t(u)-」(腫瘍(tumor)より)、免疫系:「-l(i)-」(リンパ球(lymphocyte)より)、ウイルス:「-v(i)-」(ウイルス(virus)より)など
  • 抗体遺伝子の由来(どの動物から得られた遺伝子か)を示すサブステム:ラット由来:「-a-」、ハムスター由来:「-e-」、霊長類由来:「-i-」、マウス由来:「-o-」、ヒト:「-u-」キメラ:「-xi-」、ヒト化:「-zu-」など

したがって、「トラスツズマブ(trastuzumab)」はtras+tu+zu+mabに分解でき、名前だけで、「腫瘍」を標的とする「ヒト化」モノクローナル抗体とわかります。また、「ニボルマブ(nivolumab)」はnivo+l+u-mabに分解でき、「免疫」に作用する「ヒト」モノクローナル抗体とわかります。

モノクローナル抗体の命名ルールの改訂

このように、名前だけで標的や由来が分かってしまう便利なモノクローナル抗体の命名ルールでしたが、問題が出てきてしまいました。それは、モノクローナル抗体が多くなりすぎてしまったということです。抗体医薬品の急速な発展により数多くのモノクローナル抗体が開発され、その数なんと900品目。新たな特性を有するモノクローナル抗体が開発されてきている上、もうこれまでの名前と重複しない名前を作り出すことが難しくなってきてしまったわけです。そこで、2021年10月にWHOのINN専門家協議により、新たなモノクローナル抗体の命名法が決定されました。

新たなステムは「-tug」「-bart」「-mig」「-ment」の4種類です。

グループ1:-tug(変異を含まない全長抗体、unmodified immunoglobulins)

グループ2:-bart(人工的な変異をもつ全長抗体、antibody artificial)

グループ3:-mig(二重及び多重特異性抗体、multi-immunoglobulin)

グループ4:-ment(断片型抗体、fragment

さらに、抗体の標的(対象とする疾患や臓器)を示すサブステムも一部変更や追加がされています。

「-ami-」:血清アミロイドタンパク質/アミロイド症

「-ba-」:細菌

「-ci-」:心血管系

「-de」:代謝又は内分泌経路

「-eni-」:酵素

「-fung-」:真菌

「-gro-」:骨格筋量関連成長因子及びその受容体

「-ki-」:サイトカイン、サイトカイン受容体

「-ler-」:アレルゲン

「-sto-」:免疫賦活

「-pru-」:免疫抑制

「-ne-」:神経系

「-os-」:骨

「-ta-」:腫瘍

「-toxa-」:毒物

「-vet-」:動物用

「-vi-」:ウイルス

したがって、今後は「-マブ」の付くモノクローナル抗体は出てこなくなり、「○○+ta+tug(○○タツグ)」とか「○○+vi+ment(○○ビメント)」となるのでしょうか?

おわりに

薬の名前って面白いですね~。一般の人には読みにくかったり、面白い発音だったりする薬がありますが、そこにはいろいろな意味が込められているのです。

さて、今回の「業界動向ニュース」はいかがでしたか?この「業界動向ニュース」シリーズは不定期でまた投稿しますので、お楽しみに。


最後までお読み頂き有難うございました。