バックトランスレーションとは
すでに翻訳のお仕事をされている方であればバックトランスレーションがどのようなものであるかご存じで、実際にやったことがある方もいらっしゃると思います。一方、学習中の方にとってバックトランスレーションはなじみが薄いのではないでしょうか。今日は、そんなバックトランスレーションについて解説します。
バックトランスレーションとは
バックトランスレーションは翻訳の一形態です。MTSでも「バックトランスレーション」と指定されて顧客から翻訳の仕事を受けることが定期的にあります。では、バックトランスレーションがどのような翻訳かというと
【例】
顧客が英語の文書の日本語への翻訳を依頼
↓
翻訳者Aが翻訳(英語⇒日本語)
↓
翻訳された日本語から英語への翻訳を顧客が再度依頼
↓
翻訳者Bが翻訳[←これがバックトランスレーション(日本語⇒英語)]
という感じです。
上記の例とは逆に、スタートが「日本語⇒英語」の翻訳で、バックトランスレーションが「英語⇒日本語」となる場合も当然あります。
英語ではback translation又はreverse translationといい、日本語では「逆翻訳」と呼ぶこともありますが、一言でいえば、一度翻訳した文を再びターゲット言語からオリジナル言語に翻訳する作業です。
バックトランスレーション(BT)は、翻訳された訳文の正確さを検証するために行われ、例えば
原文:The study enrolled 20 patients.
↓
訳文:本試験には患者20例が登録された。
↓
BT:Twenty patients were included in the study.
というプロセスで、原文とバックトランスレーションの結果を照合することで、訳文が原文の趣旨を誤りなく伝えられているかを確認します。
上記の例であれば、BTと原文を比べてみると語順や単語は異なりますが文意は変わっていないので、バックトランスレーションによって当初の訳文(英語ではback translationに対してforward translationと言います)が適切であることが確認されます。
バックトランスレーションする際の留意点
上記のように、バックトランスレーションの目的は訳文が原文に対して正しいか、誤っていないかを確認することです。なので、訳文に「下駄をはかせる」ようなバックトランスレーションは本来の目的に合致していません。
例えば
原文:すべての介護者に説明冊子を渡すこと。
に対して
訳文:All career should be provided with an information leaflet.
という訳文があったとき、通常の翻訳であればcareerが明らかに文脈に合わないため、carerの誤りであると判断して「すべての介護者に説明冊子を提供すること」とする対応もあり得ますが、バックトランスレーションでは
BT:すべてのキャリアに説明冊子を渡すこと。
とするのが「正解」となります。
正しい内容を類推した訳をバックトランスレーションで提出すると、訳文が誤っているという事実が顧客にとって明らかになりません。間違いを間違いとして訳すことがバックトランスレーションの基本です。
バックトランスレーションの限界
翻訳者・翻訳会社がバックトランスレーションを行う上では関係のないことですが、バックトランスレーションをかければ訳文の誤りをすべて見つけられるのかと言えばそんなことはありません。
例えば
「体調が悪い」という趣旨でのI’m sickという英語に対して、「私は病気です」という訳を当てたとしたら、これは誤訳です。しかし、バックトランスレーションのプロセスでは
原文:I’m sick.(※「体調が悪い」の意味で用いられている)
訳文:私は病気です。
BT:I‘m sick.
となり、訳文に問題があったことが分かりません。
バックトランスレーションで検出できる誤りは
・肯定文と否定文の取違いのような致命的な誤り
・専門用語の正しさ
などに限られます。
その意味では、専門用語が多く用いられるメディカル翻訳は、比較的バックトランスレーションが発生しやすい翻訳領域であるといえます。
みなさんも、今後バックトランスレーションを担当されることがあった際には、上記のことを思い出してください。
今回の内容が、皆様の翻訳の際にお役に立てば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。